ねこ娘の徒然草

*心理学を通して、気づいたこと、感じたこと、過去のこと、閃いたことを発信していきます*

私たちは時折、両親の愛し方を真似て苦しむことがある

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見た目は穏やか、でも人生ネタまみれ。

心理カウンセラーの卵 中辻はるかです。

みんな見た目に騙されてはだめよ。笑

 

現在、心理カウンセラーの根本裕幸お弟子さん制度4期生にて、心のお勉強&カウンセリングの勉強をしています。

 

今日は連載:ブラックフライデーの日だけど、明日に変更(笑)

 

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昨日ジュンコ先生のブログを読んでいて、ふと思い出した事がありました。

 


わたしはいつ頃からか覚えていませんが、「将来結婚するなら、自分の血や臓器を与えれるくらい愛している人と結婚したい」と思っている時期がありました。

 

生々しい表現ですが、本気でそう思っていました。笑

 


何か相手に不治の病や事故が起こった時、私の血を分けてでも助けたい、臓器を分けてでも助けたいと思える人じゃないと結婚できないと思っていました。

 


そこまでリアルな事じゃなくても

基本的に男性とお付き合いする時は、

 

わたしが幸せにしたい

わたしが与えたい

わたしがその傷を癒したい

 


無意識ですが、そういうスタンスでした。

 


わたしならこの人を見捨てない

わたしならこの人を助けられる

わたしならこの人を幸せに出来る

 

 

 

身を削りながら誰かを助ける事で、自分の存在意義が保たれ、心の奥に潜む強烈な寂しさを感じなくて済む。

 

 

 

だから私にとって傷ついた男性は、その傷が深ければ深いほど格好の獲物でした。笑

 


相手の傷が深いぶん、私の存在意義が満たされるから。

 

 

 

「私は何も出来ないから、彼が欲しいものを与える。」

 

 

 

身体が目当てなら身体を

お金が目当てならお金を

住む家がないなら私の住処を

私というステータスが目当てなら私という存在を

 

 

 

そうやって私の存在意義を力づくで証明しようとしていました。

 

 

 

 


なにも出来ない、与えるものがない自分が嫌だった。

ただ、それだけだった。

 

 

 

 


そうやって自分の心の声を知らんぷりしていたせいか、いつのまにか自分の気持ちが分からなくなっていました。

 

 

 

わたしはただ、与えたかっただけ。

わたしが与える事で、彼らは幸せなんだと思いたかった。

 

 

 

でも私が頑張れば頑張るほど、彼らは離れていきました。

 

または、私が与える以上を欲しがり、私自身が疲弊していきました。

 

 

なんで?

どうして?

こんなはずじゃなかった!

何がいけなかったの?

何が嫌だったの?

 

離れていかれるたびに、上手くいかなくなるたびに、そう思っていました。

 

もっと頑張らなければ、愛されない。

わたしが彼らに与えられるものは、全部与える。

たとえそれが、わたしが望んでないこと、嫌なことだったとしても…

 

無意識ですが、そう思っていました。

 

 

 

極端に言えば、

わたしが与える事で彼らは幸せになる=わたしが与えないと彼らは幸せになれないと思っている事と同じで、

それって結局は相手を信頼できてないんですよね。

 


彼らは私が何もしなくても自分で幸せを掴めるし、勝手に幸せになる。

 

 

 

そう思えなかったというか、そう思いたくなかった。

私の存在意義がなくなるから。

 

 

 

 

この愛し方は誰かに意図的に教わったのではなく、無意識に身についたもの。

 


となると、この愛し方は誰の真似をして身についたものなのか?

 

 

 

!?

 

 

 


私の両親の愛し方だ…

 

 

 

 

私の両親はとても厳しく、特に母は心配症で過干渉でヒステリックで感情的なキャラクターです。

私と母は母子癒着の関係だったため、学生時代の私には全く反抗期がありませんでした。

 

 

 

そして今、10年以上の時を経て、遅くきた反抗期を絶賛満喫しています。笑

 

 

 

わたしは両親から信頼されていないことが嫌だった。

まだ起こってもいないことで不安がり、干渉し、口出しばかりしてきた。

 

私は両親にどうやって根拠のない自信を証明させようか、どうやって納得させようか、そういうことばかり考えていた。

 

たまには黙って何もせず、わたしを信頼して見守って欲しかった。

 

 

 

 


自信のない私に「はるかなら大丈夫だよ」って言ってほしかった。

私が大丈夫と思える根拠なんか、無くていい。

ただ、その言葉と信頼が欲しかった。

 

 

 

もしかしたら私から離れていった彼らも、そうやって信頼して欲しかったのかもしれません。

 

 

 

って今なら思える。笑

 

 

 

私たちは親が話す言葉を真似て育つように、親の愛し方を真似します。

親がどんな風に人と接しているか、どんな風に人を愛するか、無意識に自然と真似て育っていきます。

 

親から学んだ愛し方では上手くいかなくなったとき、“違う愛し方を学ぶときが来た”ということです。

 

 

愛し方って十人十色と言われるくらい、いろんな方法があります。

 

祈る愛、与える愛、見守る愛、幸せを願う愛、信頼を贈る愛etc

 

 

「この人はどんな愛し方をするのかな?」

「この人はどんな愛され方が好きなのかな?」

 

と同時に、「私はどんな愛し方が好きなのかな?」を考える事ができると素敵です。

 

なにか面白い発見があるかもしれません。

 

 

自分が欲しい愛され方を、まず自分が自分に与えてあげる。

信頼が欲しかったなら、まず自分で自分に信頼を贈ってあげる。

 

私なら大丈夫

きっと上手くいく

上手くいかなかったとしても大丈夫

 

全てを受け入れ、肯定する。

そうやってプロセスを信頼していくと、何も間違ったことは起こっていないことに気づくでしょう。